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味わいというもの


吉祥寺のハモニカ横丁にあったカレー屋「ガネーシャ」が、
阿佐ヶ谷のスターロードのはしっこに移転してきた。
名前も「黒猫茶房」となり、
裏寂れ系がお洒落系になって、
カレー屋というよりは喫茶店といった趣。

カレーはチキンカレー一択で単品で1000円。
サラダとコーヒー付きで1500円。
カレーの値段は前と同じようだが、
器も店の雰囲気も綺麗系になっちゃって、
どうにも落ち着かない。

味は変わらないのだろうが、
カルトな雰囲気がなくなって、
そこで食べるカレーライスの味は、
わざわざ食べに来るほどでもないかといったレベルに感じた。

例えば、本場インドの場末の食堂で食べるカレーが
忘れえないほど旨くても(インド行ったことないですけど)、
それを日本で食べたら、なんじゃコレ?
沖縄で呑んだオリオンビールが、
こんな旨いビールはあるんかい?と思っても、
それを東京で呑んだら、なんじゃコレ?
といった感じに似ている。

味を含めて人間の五感というのは、
それ単独では機能してはいない。
例えば、味というのは味覚と嗅覚の合わせ技ということさえ、
人は意識しないで食事をしているけれど、
風邪をひいて嗅覚ゼロのときは美味しくないことや、
目隠しして食べる食材が判別できないことなど、
味は舌だけで判断できる類いのものではない。

舌で感じる味なんてものは、
かなり抽象的なものであって、
それを具象化するのは、
視覚や嗅覚や、それこそ雰囲気などの気さえも含めた、
それらの補助があっての合わせ技なのだ。

ところが、まるで舌がすべての味を判別しているかのように、
錯覚をした自称グルメ評論家が巷ではほとんどだ。
これは旨いといった料理を家に持ち帰っても、
それを旨いと感じるのか?
かなり愚問ではあるが、
料理の味というのはそういうもの。

今日食べた元ガネーシャのカレーは、
こじゃれた雰囲気で食べて美味しいものではなかった。
かといって、このカレーがダメだということではない。
1000円でもいい。背筋を伸ばして食べるんじゃなくて、
粗末な器でも周りを気にせずにがしがし食らう。
そうすれば、きらめく味だった。

美味しいか不味いかなんてことは、
そういうもんなんじゃまいか。

とある日々 | 21:26:00 | トラックバック(0) | コメント(0)
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