FC2ブログ
 
■プロフィール

◉ 温泉呑んべえ

Author:◉ 温泉呑んべえ
at:東京・阿佐ヶ谷
favorite:温泉・酒・レトロ




▼リンク

どこにでもある風景
バーチャル神社

■最新記事
■最新コメント
■最新トラックバック
■月別アーカイブ
■カテゴリ
■検索フォーム

■RSSリンクの表示
■リンク
■ブロとも申請フォーム
■QRコード

QR

長岡京のバス停風景


実家ある長岡京市には、阪急バスが路線バスとして走っている。

関西、特に大阪と京都は、バス停で待つときに並んだりはしない。
学生のころ、京都市バスに乗って通学していたのだが、
四条烏丸のバス停はバス停を中心として黒山の人だかり。
バスがやってくるときちんとバス停前に止めてくれないので、
バスの入口が目の前に止まった人が、一番最初に乗り込める。
まあ、今の中国と変わらない風景が繰り広げられていた。

それから時が流れ、京都人にも少しは文明の心が芽生えたのか、
近ごろは京都のバス停でもきちんと一列に並ぶ習慣ができつつある。
それでもそれは主要ターミナルなどだけで、
普通のバス停ではあまりそれは実行されていない。
きちんと並んでいるのは京都以外からやってきた観光客だったりする。
そういうわけで、京都人はバス停では並ばない。
というか、並びたがらない。

京都市内から南にさがった長岡京市においても、
人はバス停には並ばない。
みなが、好き勝手に好きな場所でバスを待つ。
ところが、バスがやってくると、
前にいる人が乗ろうとはしない。
バスと人の距離とは関係なく、
ある秩序をもってバスに乗り込んでゆく。

ある秩序というのは、バス停にやってきた順なのだ。
待っている人は、自分が何人目にやってきたかを把握していて、
その順番を守って乗り込んでいる。
まるで見えない整理券でもあるかのように。

こういう習慣ができたのも、
長岡京市のバスは立つほどまでに満員になることはまれで、
たとえ立ったとしても、
それほど長い時間を乗車するわけでもないので、
みんな殺伐とはしていない。
それに、関西人はもともとバスで並ぶ習慣にうといので、
並ぶという行為自体を実行にうつさない。
それがいい感じにミックスして出来上がった
暗黙の了解ではないかと考えられる。

そういうわけであせって乗ることもないので、
一番最初にバス停にきたとしても、
一番最初に乗ることもない。
そうしてゆっくりかまえていると、
二番目に来た人がこっちをふりかえったりする。
いいですか?といった感じで。
こちら会釈で、どうぞどうぞと合図する。
まあ、なんともほっこりした風景が展開される。

2、3人ならどこでもありえる話だけれど、
12、3人いたとしてもそれが実行され、
厳密にいえば、きっちり順番を覚えているわけではないから、
多少の前後はするけれど、おおまか、こういうことが
長岡京市のバス停ではくりひろげられている。

なんか、いいではないか。

とある日々 | 23:36:33 | トラックバック(0) | コメント(1)
コメント
京都のバスと言えば、凶悪なイメージしか無い私ですが
こと乗客に至っては、なんかいいですねぇ。
2012-09-18 火 15:14:21 | URL | MQ~ [編集]
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する