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無慈悲な味
さて、休肝日もすでに1週間。

もう、呑もうと思えばいつでも呑める状態なのだが、
きっかけがないのでそのまま呑まずにダラダラきてしまった。
とりあえず区切りがいいので、今日までを休肝日とすることにしたので、
今晩の夕食もアルコール抜きとなる。

阿佐ヶ谷には大衆食堂ってもんがないので、
ご飯だけを食べるとなると、
ファーストフードやファミレス、ラーメン蕎麦屋系、
寿司屋、カレー、洋食、もしくは中華料理屋となる。
何となく、ご飯ものでパンチが効いたものが食べたい気分だったので、
商店街のはずれのほうにひっそりとある、
小汚い中華屋に入ってみることにした。

こういう小汚い中華屋というのは、
どの街にも1軒や2軒は必ずといっていいくらいあって、
そんな店がけっこう旨くて流行っていたりするのであなどれない。
いくら外観が朽ち果てていようがそういう店の臭いはわかるもので、
小汚さのなかに後光がさしているような、
妙にそそるオーラを発していることが多い。

ところが、この店は普通に歩いていると、
絶対に視線のなかに入ってこないくらい存在感がなく、
かえってその線の細さが前から気になっていた店である。
おそらく、こういう機会でもない限りあえて入ることはないだろうから、
怖いもの見たさに思いきって入ってみることにした。

店内は思った通りの小汚さで、客はゼロ。
初老の店のオヤジがひとり座ってテレビを見ている。
別にゴミがちらかってるとかほこりがたまってるとか、
厨房が汚いとか、そういう汚さはまったくないのだが、
空気がよどんでいるというか、
店内に輝きという輝きがまったく感じられない。

ちょっとやばいか? でももう座っちゃったしな。
覚悟して餃子に天津丼を注文。
ところが予想外にも白いご飯がもうないという返事。
仕入れがどうのこうのと、ひとり言のような言い訳が聞こえてくるが、
仕入れって、米?
炒飯なら出来るというが、
それって余りもんの冷や飯ってことだよねぇ。
でも、心も身体もすっかりご飯ものモードに
スイッチが入ってしまっていたので、
今さらラーメンじゃ我慢できない。ダメ元で炒飯と餃子を宣言!
オヤジもとうとう来たかという面持ちで、
おもむろに調理にとりかかる。

仕事の手際はいいようで、テキパキと餃子が包まれ、
炒飯の具の下ごしらえがさくさく進んでゆく。
中華屋で炒飯と餃子を同時に注文すると、
手早さが命の炒飯に対して餃子の焼きに時間がかかるので、
どうしても餃子があとになりがち。
炒飯と一緒に食べたいのに早々に食べ終わり、
遅れてやってくる餃子だけ食べるはめになることも多々あるけれど、
なんと、餃子のほうが早く出て来たので少々面食らう。

餃子の表面が焦げ茶でなくて何気に黒っぽい。
こりゃフライパンが汚れすぎだろ。
味はというと、これでもかといったくらい無個性。
醤油とラー油と酢の味しかしない。
そうこうすると炒飯が目の前に運ばれてきて、
オヤジの顔にもひと仕事を終えた充実感が漂っている。
見た目は普通の炒飯で、
ご飯もゆるゆるではないが、こちらの味も無個性だ。

炒飯と餃子ともども、
味に個性がまったく感じられないというスゴい個性がここにある。
不味いならまだ不味いという印象が残る。
旨いなら当然旨いという喜びが。
ところが、そのどちらもない、
食べていることがむなしくなる味。
そう。あえていうなら、無慈悲な味。

でも、この味でここまで小汚くなるまで続けられるものだろうか?
きっと風邪の後遺症で舌がバカになっているにちがいない。
次回の休肝日に再度チャレンジしてみようか。
って、休肝日。次回なんてあるのか?

とある日々 | 23:54:27 | トラックバック(0) | コメント(0)
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