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◉ 温泉呑んべえ

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妄想独り言
昨夜の晩酌は、
お金にならない仕事の打ち合わせで、
新小岩の居酒屋(2800円飲み放題あて付き)、
生ビール2杯に日本酒5合ほど。
あては、焼き屯、カツオのタタキ、味噌おでん、ハムかつ、ウズラ串、
サラダ、(別注文で、もつ煮込み、フライドポテト、お新香)。

写真は撮り忘れる。






※ここに料理が並んでいます(要想像力)。

呑みの場で、熱くなってしまう。
最近、肉を食べ過ぎて血の気が多くなってしまったのか?

といっても、ちょっと自分の意見を言っただけで、
実際、同席の人たちはさほど気にも留めていないレベルのことなのだけど、
どうも最近、人に何かを伝えることの空しさを感じてしまい、
後味の悪さだけが残ってしまう。

そこには、人間、基本的に人の話は聞いていないってことが、
最近わかってきたからかもしれない。

実際、会話をしていて人の話を聞いているし、
その内容も分かっている。
でも、それはあくまで物理的なことであって、
その内容を確認したり吟味したりする前に、
条件反射のように自分の考えを発している。

それはあたかも、自分のなかに話したいものが
すでにその場に存在して、
それを相手が導いているかのような感じでもある。

会話とは、相手の話を聞いてそれを理解するためではなく、
自分の中にある信念や固定概念を確認するために、
相手の意見を引き金のように利用している儀式みたいなものではないか。

例えば、映画の話をするとしよう。
まず、あの映画はどうだった?と聞く。
するとそれに対して反応が返ってくるのだが、
それが終わる前にすでに次に話す自分の意見は用意されていている。
最初からそれが言いたいのだ。

それは、自分の考えを人に言いたい、聞いてもらうことによって、
自分を理解して欲しいという気持ちからの行動であるが、
結果、人はお互い自分のことを言いたいだけで、
人の話を心底聞いてはいない。

とするならば会話というのは、大いなる独り言のようなものではないだろか?
空しいというのは、そういう訳だ。

会話はキャッチボールというが、
巷で行われている多くの会話は、
実は壁に向かってやっている1人キャッチボールだったのだ。

じゃ、2人でやる会話のキャッチボールとは、
どんなものなのか?
ヒントは幼児同士の会話にあるかもしれない。

なあ、これスゴいやろ。
えっ、なにが? 
なあ、これエエやろって。
ぜんぜんスゴないやん。
よお見てみいやあ。
ええわ。スゴないし。
そんあこといわんと、よう見てみい。
わあ、何これスゴいやん。
なあ、スゴいやろ。
スゴいいい!
スゴいやろ!!
スゴいいい!
スゴいやろ!!

許容力と柔軟性。
世界が開かれているか、閉じているかの違いなのだ。

などと、週末の午前中から妄想にひたっていてもしようがないので、
次に誰かと話すときは、
きちんと相手の話を、本当の意味で聴いてみようと思う。

といっても、呑んでいたら、
そんなことは絶対に忘れているにちがいないのだがね。


酔っぱらいの戯言 | 12:11:22 | トラックバック(0) | コメント(0)
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