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スカッさわやか
朝からサッカーをテレビ観戦。
日本対コートジボワール。

この試合、始まる前からモヤモヤした感覚がとれず、
1点先行のあともハラハラしどうし。
そして同点、逆転のゴールが入った瞬間、
なぜだかスカッしたさわやかな感覚に見舞われる。

いやあ、予感的中というか、
やっぱそうだよなあという思いが満たされたというか、
パズルが収まるところに収まったような感覚が、
気持ちよかった。

まあ、負けて当然の出来だったんで、後味も悪くない。

ところで、サッカーのサポーターの熱狂ぶりは半端じゃない。
ゲームの勝ち負けが、あたかも自分の
人生そのもののように錯覚して一喜一憂する。


 
これはサッカーに限らず、
あらゆるスポーツにも当てはまるが、
勝てば自分が勝ったかのように高ぶり、
負けたら自分が負けたかのように落ち込む。

選手は自分の人生をスポーツに懸けているだけなのだが、
それを応援する人は家族や友人知人でもないのに、
まるで自分のことのように熱狂する。
よく、テレビなどで、
町の公民館などに集まって応援する人たちの映像を目にするが、
その選手は自分の町の出身者なだけで、
アカの他人にすぎないのにだ。

冴えない自分を選手やチームに重ね合わせて、
欲求不満の解消をしているだけなのだが、
本人は気づいているのかいないのか、
それが生き甲斐になっている人の多いこと。

小は町内会から村、町。
大は都市、国単位の帰属意識をもって、
選手やチームがあたかも
自分自身の分身であるかのごとく錯覚する。

ひいきのチームをもつことや、
自国のチームを応援することは、ゲームを楽しむうえでの
大きな要素ではあるけれど、それはあくまで娯楽の範疇。
スポーツ観戦はゲームとして楽しむにはいいけれど、
帰属意識をもって同化してしまうと、
その時点で自分の主体性を失うこととなる。
それは、正常な自分自身の判断を放棄するということ。
そういった人たちをコントロールするのは容易い。

実は、戦争というのも、
そういった帰属意識を元にした、
意識コントロールによって行われている。
たかが、サッカーなれど、
ボールを銃弾に変えるだけの話。
W杯やオリンピックという存在も、
それとまったく無関係ではないということ。

今日の試合後に渋谷で騒いでいた若者を、
戦場に連れだすことなどオチャノコサイサイってなわけだ。
酔っぱらいの戯言 | 23:22:21 | トラックバック(0) | コメント(0)
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