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葉櫻


ワインの小瓶を持って近くの善福寺川緑地に。
櫻はかなり散っていて葉櫻。

満開の櫻よりも、葉櫻のほうが好きだ。
花びらのピンクと葉っぱの緑という色は補色関係なので、
お互いを補完し合って、さらに色合いを濃くするし、
配色の美しさも際立ってくる。

満開だとごったがえす花見客もほとんどいない。
葉櫻の美しさ、櫻吹雪の情緒などわからない大衆の審美眼。

昨日の音楽と同様、絵画などの美術に関しても、
その価値はつくられたもの。
どこぞの誰かさんが芸術だと認定し、それに価値をつける。
そして、投資の対象としてお金が動く。
例えば、無名時代のゴッホの絵に目をつけた誰かさんが、
大量に集めて芸術認定していたとしたら大儲だ。

芸術的に素晴らしい。
誰がどの基準で判断するのだろうか?
名もない絵描きの作品は、
どんなに素晴らしくても無価値である。
有名芸術家の作品は、どんなに愚作でも価値がつく。

ピカソが存命中の無名時代にその作品は評価されたのか?
誰も評価しなかったから無名だったのだ。
ピカソの作品は無名時代、二束三文だったけれど、
どこぞの誰かさんが芸術と認定したら、今や何億円の価値がある。

大衆の審美眼なんてあてにもならない。
無名時代と今見るピカソの絵はまったく同じ。
価値があるからピカソの作品を素晴らしいと思うのだ。
だから、ころっと騙される。

子どもたちが、あんなの僕たちも描けるよ、
なんて、まるで裸の王様と同じ。

平日から大挙して美術館で暇つぶししている団塊の世代。
彼らは芸術を楽しんでいるのではなくて、
芸術だから、有名だからと、価値があると認定されているモノを、
ありがたがって拝見しているだけだ。
だいたい、1000円なにがしかのお金を払ってまで見たい絵なのか?
そもそも、絵なんて見たいのかどうかも怪しい?

駅前にこれぞとばかり建てられている銅像。
有名芸術家の作品だそうだが、何じゃコレと思うものばかり。
つまりそれは、有名というラベルをいただいた人の
造ったものに過ぎないから。
そこらの美術学生がゴーストで造っていても、
誰も違いはわからないだろう。

ゴッホ、ピカソ、セザンヌなどなど、
彼らと同等、またはそれ以上の才能をもった絵描きは、
過去に何人もいたはずだ。
その人たちの作品は、作品数が少なかったり、収集しにくかったり、
金儲けの対象としての条件を満たしていなかったから、
芸術として認定なれなかっただけの話。
同様に、今も隠れた才能ある無名作家などゴロゴロいるが、
誰の作品が芸術として認定を受けるかどうかは、
どこぞの誰かさんたちが儲けやすいかどうかにかかってくる。
○○賞を受賞というのが、その認定書みたいなものだ。

この世の中の芸術という代物は、すべて商品。
お金になるかならないか、それが芸術であるかどうかの違い。
そしてそれは、どこぞの誰かさんが、
金儲けのために芸術として認定するかどうかだけの話。
素晴らしいから芸術なんじゃなくて、
芸術として価値がつけられているから素晴らしいのだ。

満開の櫻は美しい。
そして葉櫻も美しい。
葉櫻に見向きもしない人たちは、
いったい櫻の何を見ているのだろう?
せいぜい、踊らされてくださいな。

140409-2.jpg

夜は、荻窪の立ち呑み「やきや」で一杯。
のち、もつ焼きの「かっぱ」とはしご。
とどめに、西荻窪の「珍味亭」で、紹興酒。

140409-3.jpg

名物の豚足にかぶりついたあと、
ハツとタンを半々でいただく。

小汚い店だけど名店です。
見た目だけで判断するなということですね。

酔っぱらいの戯言 | 23:34:55 | トラックバック(0) | コメント(0)
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