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さよなら、おれ さよなら、わたし


葉山房で一杯。

何もない一日は妄想ネタでも。

体が入れ替わる。
映画や小説、漫画でおなじみの題材。
「転校生」という映画では、
男の子と女の子の体が入れ替わってひと騒動。
最近では、AVの格好の題材にもなって、
女の体に入れ替わった男が、
自分の体でよからぬことを・・

なんてことは実際には起こらない。
実際に起こらないというのは、体の入れ替わりではなくて、
よからぬこと。
なにせ、入れ替わったことなど気がつかないのだから。

自分が今この瞬間見ている世界、
感じているこの世界は、
ほかの人も同じように感じている。
ぼーっとして何も考えていない瞬間、
自分も他人もまったく同じ世界にいる。

今という瞬間を気づいている自分も、
今という瞬間を気づいている他人も、
まったく同じ、すなわち同じ意識なのだ。

肉体という器には様々な制約がある。
遺伝による肉体的感情的特徴。
親と子どもが似ているのがそれにあたる。
環境や経験によって培われる反応の特徴。
似たような境遇による性格づけがそれにあたる。

もし、自分が誰かと同じ遺伝子的素質を持った肉体に宿り、
その誰かと同じような環境で育てば、
自分はその誰かそのものではないか。

つまり、今、誰かと体が入れ替わったとしたら、
その肉体の遺伝子的特徴や、
経験などの後天的な性格づけ、
さらに脳に記録されている記憶をそのまま継承するわけだから、
自分はその人そのもの。
つまり、入れ替わったことには気づかない。

とどのつまり、
この世界を認識しているのはひとつの意識で、
その意識が肉体という器に宿り、
その肉体を通してこの世界を体験している。
そして、とあるひとつの肉体から通してこの世界を見ている意識は、
あたかもその肉体だけが自分だと錯覚している。
それが肉体の呪縛であり、自我であり、エゴであり。

そう、隣りにいる誰かも、
スポットライトを浴びている誰かも、
凶悪犯罪を犯してののしられている誰かも、
日本が大嫌いなお隣の国の誰かさんたちも、
おなじひとつの意識の別の在り方。

この世界にいる人たち、
それだけじゃなく、動物、植物、
はたまた自然や物たちもこの地球でさえも、
すべてひとつの意識の別の在り方。

別の誰かがいるから自分の立位置がわかる。
物があるから自分の立位置がわかる。
自分しかいなければ自分が何だかわからない。

ひとり(ひとつ)でいるよりも、
ずっとずっと楽しいから。
喜びも苦しみも楽しさも悲しさも
いろんな経験がしたいから・・・
たくさんの覗き穴(肉体)から
この世界を体験しよう。

まあ、そういうことだ。

酔っぱらいの戯言 | 23:17:31 | トラックバック(0) | コメント(0)
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